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パフォス
写真: 「Tombs of the Kings Paphos Cyprus 17」Nikodem Nijaki / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

パフォス

Paphos
WHC 791980年登録34.76°N 32.41°EWikipedia 20言語

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時間の物差し
前3000年起点 前1200年現在

成り立ち

パフォスは、キプロス島西部の2か所に分かれる遺跡である。キプロスでは新石器時代の紀元前6千年紀から、ギリシャ以前の豊穣の女神が崇められていた。クークリア村の古パフォス(パレパフォス)には、紀元前12世紀にミケーネ人が建てたアフロディーテの神殿があり、ローマ時代まで使われた。

海辺の新パフォスは、古パフォス最後の王ニココレス(前306年没)が築いたとみられている。町の北の岩盤には「王家の墓」と呼ばれる地下墓群が掘られ、多くは紀元前4世紀のもので、3世紀まで貴族や高官が葬られた。名は墓の豪華さから来たもので、王が葬られたわけではない。新約聖書の『使徒言行録』は、この町でローマ総督セルギウス・パウルスが改宗したと記し、ここでサウロが初めてパウロと呼ばれる。

新パフォスではディオニュソスの家、オルフェウスの家、アイオンの家、テセウスの家という4つのローマ時代の邸宅が見つかり、3〜5世紀のモザイクの床が残っていた。床にはギリシャの神々や英雄、日々の暮らしが描かれている。1980年に世界遺産に登録され、2010年11月には文化財の「強化保護」の地位を得た。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。