古都メクネス
Medina of Meknes
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時間の物差し
前3000年起点 900年現在
成り立ち
メクネスはモロッコ北部内陸の町で、名は10世紀ごろこの地に住んだベルベル系のミクナーサ族に由来する。11世紀、ムラービト朝はミクナーサ族の村々の南に軍の砦を築き、これがいまの旧市街の始まりとなった。12世紀にムワッヒド朝が長い包囲の末に町を壊したが、13世紀初めに再建した。マリーン朝は1276年にカスバを築き、1336年にはブー・イナーニーヤ学院が建てられた。
1672年、アラウィー朝のムーレイ・イスマイールはスルタンになるとメクネスを都に選んだ。治世の55年間、旧市街の南で巨大な宮殿都市の建設を続け、取り壊した瓦礫を積んだ場所はいまもエル・ヘディム(瓦礫)広場と呼ばれる。高い城壁と大門が町を囲み、王宮の正門バーブ・マンスールは1732年に息子のムーレイ・アブダッラーが完成させた。
1727年にイスマイールが死ぬと町は都の地位を失い、1755年の地震でも傷んだ。1912年にフランスの保護領となると、フランス当局は谷の向こうの台地に新市街を造った。イスラム様式と17世紀ヨーロッパの様式が混じる古都は、1996年に世界遺産に登録された。
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