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ザルツカンマーグート地方のハルシュタットとダッハシュタインの文化的景観
写真: C.Stadler/Bwag / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

ザルツカンマーグート地方のハルシュタットとダッハシュタインの文化的景観

Hallstatt-Dachstein Salzkammergut cultural landscape
WHC 8061997年登録47.56°N 13.65°EWikipedia 47言語

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時間の物差し
前3000年起点 前1000年現在

成り立ち

ザルツカンマーグートの塩は、紀元前2千年紀にはすでに使われていた。中期青銅器時代には、天然の塩水を器にためて蒸発させる組織的な製塩が行われていた。地下の採掘は後期青銅器時代の終わりに始まり、紀元前8世紀に再び盛んになった。ハルシュタットという地名は「塩の集落」を意味する。

1846年、ヨハン・ゲオルク・ラムザウアーは塩山のそばで先史時代の大きな墓地を見つけ、19世紀後半を通じて発掘して1045基の墓を掘り出した。これまでに見つかった墓は約1300基、葬られた人は約2000人にのぼる。紀元前800年ごろから前450年ごろの初期鉄器時代の文化は、この町の名をとってハルシュタット文化と呼ばれる。

採掘はローマ時代にも続き、14世紀に再び盛んになった。町は1750年の火事の後、後期バロック様式で建て直されたが、19世紀の終わりまでは船か細い山道でしか行けず、最初の道路ができたのは1890年である。聖ミヒャエル礼拝堂の納骨堂には1200を超える頭骨が並び、約600には模様や名前、年が描かれている。1997年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。