ザルツカンマーグート地方のハルシュタットとダッハシュタインの文化的景観
Hallstatt-Dachstein Salzkammergut cultural landscape
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時間の物差し
前3000年起点 前1000年現在
成り立ち
ザルツカンマーグートの塩は、紀元前2千年紀にはすでに使われていた。中期青銅器時代には、天然の塩水を器にためて蒸発させる組織的な製塩が行われていた。地下の採掘は後期青銅器時代の終わりに始まり、紀元前8世紀に再び盛んになった。ハルシュタットという地名は「塩の集落」を意味する。
1846年、ヨハン・ゲオルク・ラムザウアーは塩山のそばで先史時代の大きな墓地を見つけ、19世紀後半を通じて発掘して1045基の墓を掘り出した。これまでに見つかった墓は約1300基、葬られた人は約2000人にのぼる。紀元前800年ごろから前450年ごろの初期鉄器時代の文化は、この町の名をとってハルシュタット文化と呼ばれる。
採掘はローマ時代にも続き、14世紀に再び盛んになった。町は1750年の火事の後、後期バロック様式で建て直されたが、19世紀の終わりまでは船か細い山道でしか行けず、最初の道路ができたのは1890年である。聖ミヒャエル礼拝堂の納骨堂には1200を超える頭骨が並び、約600には模様や名前、年が描かれている。1997年に世界遺産に登録された。
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