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シャルトル大聖堂
写真: BT / Public domain / Wikimedia Commons · トリミングあり

シャルトル大聖堂

Notre-Dame de Chartres
定番WHC 811979年登録48.45°N 1.49°EWikipedia 73言語

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時間の物差し
前3000年起点 743年現在

成り立ち

シャルトルに大聖堂があったことは743年の文書に初めて記され、その後の教会は858年にデーン人の海賊に焼かれるなど、何度も火災にあった。876年、シャルル禿頭王が聖母マリアの衣とされる聖遺物「サンクタ・カミシア」を贈った。大聖堂は今も聖母マリアにささげられた重要な巡礼地である。1020年の火災のあと司教フュルベールが新しい聖堂を建て、1030年に献堂された。

1145年ごろから西正面がつくられ始めたが、1194年6月10日の大火で地下聖堂と塔、新しい西正面を残して焼け落ちた。身廊と内陣はすぐに建て直され、屋根は1220年までにかかった。ステンドグラスは1210年から1250年ごろにつくられ、1260年10月、国王ルイ9世の臨席のもと改めて献堂された。

北塔の尖塔は1513年にフランボワイヤン様式で建て直され、高さは113mある。1836年の火災で木造の屋根が焼け、1837年から鉄骨の屋根に替えられたが、ステンドグラスは無事だった。1862年に建物全体が歴史的記念物に指定され、1979年に世界遺産に登録された。

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