写真: 「City of Trogir and the Tower of the Kamerlengo Castle (5975489212)」Alex Proimos from Sydney, Australia / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり
古都トロギル
Historic City of Trogir
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時間の物差し
前3000年起点 前300年現在
成り立ち
トロギルは、紀元前3世紀にヴィス島から来たギリシャ人入植者が、イリュリア沿岸の小島に築いた交易の町トラグリオンに始まる。町は巨石の城壁で囲まれ、古代の2本の大通りであるカルド・マクシムスとデクマヌスはいまも使われている。碁盤目の町割りはヘレニズム時代にさかのぼる。
9世紀からはクロアチアの支配者とビザンツ帝国に貢納し、12世紀初めにはハンガリー王の宗主権を認めながら自治を保った。1123年にサラセン人に攻められてほぼ壊されたが、まもなく立ち直った。1242年にはモンゴル軍から逃れたハンガリー王ベーラ4世がこの島の町に身を寄せ、モンゴル軍は町を攻め落とせなかった。聖ロヴロ大聖堂は1200年ごろに着工し、1240年に親方ラドヴァンが西の正面入口を完成させた。
1420年からヴェネツィアの支配が400年近く続き、ルネサンスの建物や美術が町を飾った。ジェノヴァ人の要塞だったカメルレンゴはヴェネツィアの防備に組み込まれ、大聖堂の向かいには一街区を占めるチピコ宮殿が建つ。17世紀にはこの町で、古代ローマの作家ペトロニウスの『サテュリコン』のうち「トリマルキオの饗宴」を含む写本が見つかった。1797年にヴェネツィアが倒れるとハプスブルク家の支配に移り、1997年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。