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平遥古城
写真: 林高志 / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

平遥古城

Ancient City of Ping Yao
WHC 8121997年登録37.20°N 112.15°EWikipedia 46言語

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時間の物差し
前3000年起点 1370年現在

成り立ち

山西省中部の平遥の城壁は、明の洪武帝の3年目にあたる1370年に築かれた。高さ約12m、周囲6163mで、門は6つある。南北に1つずつ、東西に2つずつ置かれた門を亀の頭と尾と脚に見立て、「亀城」とも呼ばれる。城壁には72の望楼と3000を超える胸壁がある。

清の時代、平遥は中国の金融の中心となった。最初で最大の為替商「日昇昌」は、清末に中国の銀の取引の半分近くを扱った。だが辛亥革命の後、1914年に破綻した。街の中には今も約4000の商店と住居が残り、明清時代の通りの形がそのまま残る。

世界遺産には城内のほか、郊外の2つの寺も含まれる。双林寺には明清時代の彩色塑像が2000体以上ある。鎮国寺の万仏殿は五代の建物で、中国に残る最も古い木造建築の一つである。1986年に国の歴史文化名城となり、1997年に世界遺産に登録された。2004年には南側の城壁の一部が崩れた。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。