水原華城
Hwaseong Fortress
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時間の物差し
前3000年起点 1794年現在
成り立ち
水原華城は、ソウルの南約30kmにある水原の中心部を囲む城郭である。朝鮮王朝の正祖が、祖父の英祖によって米びつに閉じ込められて死んだ父、思悼世子の墓を水原に移し、1794年から1796年にかけてこの城を築いた。正祖は党派争いの激しい宮廷を離れて改革を進める新しい拠点として、ここを考えていた。
設計したのは実学の学者丁若鏞で、朝鮮と中国の築城法に当時の科学を取り入れ、レンガを使い、滑車や起重機で工事を効率よく進めた。城壁は全長5.74kmで130haを囲み、東西南北に4つの門がある。南の八達門と北の長安門は2層の木造楼閣をもつ。
1801年、設計から職人の賃金まで工事を詳しく記した全10巻の報告書『華城城役儀軌』が刊行された。朝鮮戦争で長安門と蒼龍門が完全に壊れ、城壁も一部が崩されたが、その後の修復はこの儀軌を拠り所に行われた。1997年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。