グラン=プラス
Grand-Place
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時間の物差し
前3000年起点 1174年現在
成り立ち
10世紀、下ロレーヌ公シャルルがセンヌ川の中州サン・ジェリ島に砦を築き、これがブリュッセルの始まりとなった。11世紀の終わりには近くの干上がった湿地に青空市場が開かれ、1174年の文書にこの「下の市場」が現れる。14世紀からは商人や職人が力を増し、市は新しい地位にふさわしい建物を広場の周りに建てていった。
市庁舎は1401年から1455年にかけて南側に段階的に建てられ、高さ約96mの尖塔の頂には悪魔を退治する聖ミカエルの像が立つ。向かいには1504年から1536年にブラバント公が役所を建て、公がスペイン王を兼ねるようになると「王の家」と呼ばれた。1695年8月13日、大同盟戦争のさなか、ヴィルロワ元帥率いる7万人のフランス軍がブリュッセルを砲撃し、3日間で広場の大部分が破壊された。主な標的だった市庁舎は、石の外壁と塔が焼け残った。
ギルド(同業組合)の家々は市の承認を受けた設計で4年のうちに建て直され、ゴシック、バロック、ルイ14世様式が混じりながらも調和した広場ができた。ギルドは1795年にフランスの支配下で廃止され、19世紀後半には市長シャルル・ビュルスのもとで建物が修復された。広場は1959年まで市場として使われ、1990年に歩行者専用となって、1998年に世界遺産に登録された。
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