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サンタ・アナ・デ・ロス・リオス・デ・クエンカ歴史地区
写真: 「Sobrado tipo francês」Famores27 / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

サンタ・アナ・デ・ロス・リオス・デ・クエンカ歴史地区

Historic Centre of Santa Ana de los Ríos de Cuenca
WHC 8631999年登録2.90°S 79.00°WWikipedia 4言語

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時間の物差し
前3000年起点 1557年現在

成り立ち

クエンカはエクアドル南部、アンデスの山々に囲まれた谷にある。もとはカニャリ人の集落で、15世紀にインカがカニャリ人を征服すると、町はトメバンバと呼ばれる地方の中心となった。インカ皇帝トゥパック・インカ・ユパンキはプマプンゴという都の建設を命じたが、スペイン人が来たときには廃墟しか残っていなかった。

スペイン人の町は1557年4月12日、ペルー副王アンドレス・ウルタード・デ・メンドーサの命を受けたヒル・ラミレス・ダバロスが創建した。町は30年前にカール5世が出した厳格な都市計画の指針に沿ってつくられ、碁盤目の町割りは400年にわたって守られてきた。建物の多くは18世紀のもので、19世紀にキナや麦わら帽子の輸出で町が豊かになると「近代化」された。

クエンカは1820年11月3日に独立を果たし、建国まもないエクアドルでは3つの州都の一つとなった。1867年には町で最初の大学ができた。いまは国内第3の都市で、パナマ帽と呼ばれる麦わら帽子も地元の職人がここで編んでいる。1999年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。