StoodmarkEN
リヴィウ歴史地区
写真: 「Lwów - Widok z wieży ratuszowej 01」Lestat (Jan Mehlich) / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

リヴィウ歴史地区

Old Town of Lviv
WHC 8651998年登録49.84°N 24.03°EWikipedia 43言語

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時間の物差し
前3000年起点 1975年現在

成り立ち

リヴィウは5世紀ごろから人が住んでいた土地で、13世紀半ばにガーリチ(ハーリチ)の王ダニーロが息子レフの名をとって町を築いた。1272年から1340年まではガーリチ・ヴォルィーニ王国の都だった。

1340年にポーランド王カジミェシュ3世の手に渡り、1356年に都市の権利を与えられた。交易の町にはウクライナ人のほかアルメニア人、ユダヤ人、ドイツ人などが集まり、それぞれの教会や会堂を建てた。1527年と1571年の大火の後も中世の街路と広場の形は残った。1772年からはハプスブルク家のガリツィア王国の首都となった。

1975年に旧市街を含む約3000haが歴史建築保護区に指定され、1998年に世界遺産に登録された。2023年には危機遺産リストに加えられた。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。