タッラコの考古遺跡群
Archaeological Ensemble of Tárraco
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時間の物差し
前3000年起点 前218年現在
成り立ち
スペイン北東部の今のタラゴナは、ローマ時代のタラコである。前218年、第2次ポエニ戦争の初めにグナエウス・スキピオがイベリア半島に上陸した後、タラコの名が初めて記録に現れる。スキピオ兄弟は町を固めて軍港を置き、のちにスキピオ・アフリカヌスもここで冬を越した。
前27年、アウグストゥスは属州を組み直し、タラコを都とする属州ヒスパニア・タラコネンシスをつくった。同じ年、アウグストゥスはカンタブリアの戦いを見守るためにスペインへ来て、病のためタラコにとどまった。14年に彼が死ぬと、翌年タラコに彼をまつる神殿が建てられた。
1世紀後半には円形闘技場や神殿の区域、属州の広場が建てられたとみられる。タラコはイベリアの全属州の皇帝崇拝の中心となった。2000年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。