写真: Massimo Macconi / Public domain / Wikimedia Commons · トリミングあり
ベッリンツォーナ旧市街の3つの城と防壁・城壁群
Three Castles of Bellinzona
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成り立ち
ベッリンツォーナはスイス南部、イタリア語圏のティチーノ州にある町で、アルプスの峠からミラノ方面へ下る谷の出口を押さえる。紀元前1世紀の終わり、ローマ皇帝アウグストゥスの時代に、岩山カステルグランデの上に砦が築かれた。
13世紀の終わりにはコモのルスカ家が2つ目の城モンテベッロを築いた。その後ミラノのヴィスコンティ家が町を支配し、14世紀後半にはティチーノ川の谷を横切る長い壁「ムラータ」を築いた。3つ目の城サッソ・コルバーロの基になった塔も、この時代の混乱のなかで建てられた。ミラノは北から攻めるスイスの諸邦と争い続けた。
1499年、フランス王ルイ12世がミラノに攻め込み、約150年続いたミラノの支配が終わった。翌1500年1月、町の人々はフランス兵を追い出し、4月14日にスイス盟約者団に加わった。町はその後1798年まで、ウーリ、シュヴィーツ、ウンターヴァルデンの3邦が共同で治めた。2000年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。