写真: 「Ensemble Dorout Tilovat (Shahrisabz) (6018370667)」Jean-Pierre Dalbéra from Paris, France / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり
シャフリサブス
Shahrisabz
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時間の物差し
前3000年起点 前700年現在
成り立ち
シャフリサブスはウズベキスタン南部、シルクロード沿いにある2,000年以上の歴史をもつ町で、かつてはケシュと呼ばれた。紀元前328〜前327年にはアレクサンドロス大王がこの一帯で冬を越し、のちの妻ロクサネと出会った。
14世紀前半、ティムールがケシュで生まれた。1379年にホラズムを征服したティムールは、翌1380年に連れてきたホラズムの職人を使ってアク・サライ宮殿の建設を始めた。現在は巨大な門の基部だけが残る。一族の墓所として建てたドルッサオダト複合施設は正面を白大理石で覆い、ティムールの墓も白大理石で造られた。
1437年にはティムールの孫ウルグ・ベクが父シャー・ルフのためにコク・グンバズ・モスクを建てた。1870年にはロシアの助けを得たブハラのアミールに征服された。旧市街は240haで、2016年に危機遺産に登録された。理由として、2015年に中世の街並みの広い範囲が取り壊されたことや、地下水位の上昇が挙げられている。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。