メルブ遺跡
Merv
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時間の物差し
前3000年起点 前2500年現在
成り立ち
メルブのオアシスには前2500年ごろの青銅器時代から町があった。前6世紀、アケメネス朝の拡大のなかで最初の都市が生まれ、ダレイオス1世のベヒストゥン碑文には「マルグ」の名で記されている。セレウコス朝のアンティオコス1世はこれをアンティオキア・マルギアナと改め、ギャウル・カラに建て直した。
ササン朝の支配を経て7世紀にアラブ軍が入り、748年にはアブー・ムスリムがここでアッバース朝の旗を掲げた。カリフのマアムーンは813〜818年にメルブに住んだ。1118〜1153年、メルブはセルジューク朝全体の都となり、11世紀に城壁で囲まれたスルタン・カラにはスルタン・サンジャルの廟が残る。
1221年、チンギス・ハンの子トルイが町を落とし、住民の多くが殺されたと伝えられる。シルクロードのオアシス都市として最も古く保存のよい遺跡とされ、1987年に国の歴史文化公園「古代メルブ」となり、1999年に世界遺産に登録された。
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