アブ・メナ
Abu Mena
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時間の物差し
前3000年起点 296年現在
成り立ち
アレクサンドリアの殉教者メナスは296年に亡くなったとされる。伝承では、遺体を運ぶラクダがマレオティス湖の向こうの砂漠で止まり、そこに葬られた。のちに病んだ羊がこの場所で癒えたことから、羊飼いが墓を見つけたという。
墓の上に町が築かれ、5世紀から7世紀にキリスト教の巡礼地として栄えた。中心には洗礼堂と2つの教会があり、聖人の洞窟をもつ墓の教会、浴場、工房、貯水槽、巡礼者の宿が並んだ。巡礼者は小さな瓶「メナスのアンプラ」を持ち帰った。町は7世紀半ばのイスラーム勢力の征服で破壊された。
1979年に世界遺産に登録されたが、近くの農地の灌漑で地下水位が上がり、2001年に危機遺産となった。水を抜く工事と監視が進み、2025年に危機遺産リストから外された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。