写真: Maxtreiber / Public domain / Wikimedia Commons · トリミングあり
ショチカルコ
Xochicalco
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時間の物差し
前3000年起点 650年現在
成り立ち
ショチカルコはメキシコ中部モレロス州の丘の上にある要塞都市の遺跡である。7世紀から8世紀にテオティワカンの力が衰えると、メソアメリカでは人々が大きく移動し、資源や交易路を争って城壁や堀をもつ町が築かれた。ショチカルコは7世紀後半に、いまのゲレロ、メヒコ、モレロス西部にまたがる集落の連合によって築かれたとみられる。
町は自然の丘を段々に削って築かれ、最も高い所の大広場は守りを固めた2つの門からしか入れない。中心の羽毛の蛇のピラミッドには、テオティワカンのケツァルコアトルに通じる羽毛の蛇と、マヤ風の座った人物が浮き彫りにされている。球技場への道には21の暦の祭壇が並び、地下の洞窟は天文観測に使われた。
町は9世紀末に略奪されて急に捨てられた。遺跡は1777年にアントニオ・アルサテが初めて記録し、1910年にレオポルド・バトレスが羽毛の蛇のピラミッドを修復した。1994年に考古遺跡地区に指定され、1999年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。