StoodmarkEN
パラマリボ市街歴史地区
写真: Rafaeljantz / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

パラマリボ市街歴史地区

Historic Inner City of Paramaribo
WHC 9402002年登録5.83°N 55.15°WWikipedia 7言語

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時間の物差し
前3000年起点 1613年現在

成り立ち

パラマリボという名は、初期のオランダの記録にパルムルボと記された先住民の村の名から来たとみられる。1613年、ニコラース・バリエステルとディルク・クラースゾーン・ファン・サネンがここにオランダの交易所を開いた。初期の拠点はやがて放棄され、1650年にバルバドスの英国総督ウィロビー卿が送った入植者が、いまの町の場所に町と砦を築いた。

1667年、第二次英蘭戦争のさなかにアブラハム・クラインセンの艦隊が町を奪い、同じ年のブレダ条約でスリナムはオランダ領となった。砦は艦隊の費用を出したゼーラント州にちなんでゼーランディア砦と改められた。町の名も新ミデルブルフとされたが、住民には定着しなかった。

ユネスコによれば、17〜18世紀の町割りは今もそのまま残り、建物はオランダの建築と地元の技術や材料が少しずつ溶け合ったものだ。町はたびたび大火に遭い、1821年1月には400棟以上、1832年9月には50棟近くが焼けた。1975年の独立後も首都であり続け、2002年に歴史地区が世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。