モスタル旧市街の古橋地区
Old Bridge Area of the Old City of Mostar
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時間の物差し
前3000年起点 1557年現在
成り立ち
1557年、オスマン帝国のスレイマン1世はネレトヴァ川に石の橋を架けるよう命じた。設計したのは建築家ミマール・スィナンの弟子ミマール・ハイルッディンで、橋は1566年に開通した。長さ約29m、幅4mの1つのアーチで、川面からの高さは約20mある。17世紀には両岸に塔が築かれた。
1993年11月9日、ボスニア紛争の中でクロアチア防衛評議会(HVO)の砲撃を受け、橋は崩れ落ちた。旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所は、のちに橋がボスニア政府軍に使われていたとして軍事目標だったと判断した。
2001年6月に再建が始まり、16世紀の工法で架け直された。費用は約1550万ドルで、世界銀行、ユネスコ、イタリア、オランダ、トルコ、クロアチアが出した。橋は2004年7月23日に再び開かれ、2005年に周りの旧市街とともに世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。