ホイアン
Hội An
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成り立ち
ベトナム中部、トゥボン川の河口近くのホイアンは、2世紀からチャンパ王国の地となり、その時代に重要な交易港になった。15世紀末からベトナム人が移り住み、17世紀初めには中国人と日本人の商人が住んで商いをした。町は15世紀から19世紀に東南アジアと東アジアを結ぶ港として栄えた。
日本人と中国人はそれぞれの町をつくり、中国の移民は5つの会館を伝統的な様式で建てた。木造の「日本橋」は屋根付きの橋で、上に小さな堂がのる。町には木の骨組みの家が1107棟残る。
19世紀にダナンが港として育つとホイアンの交易は衰え、そのことが古い町並みを残した。フランス統治期にはフランス風の町家も加わった。1985年に国の文化遺産となり、1999年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。