スタリ・ラスとソポチャニ
Stari Ras and Sopoćani
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時間の物差し
前3000年起点 1159年現在
成り立ち
ラス(スタリ・ラス)はセルビア南西部、ラシュカ川とセベチェヴォ川の合流点近くにあった中世の町で、東と西の影響が交わる道の上にあった。ネマニッチ朝が1159年に権力を握ると、独立したセルビア国家の最初の首都となり、14世紀初めまでその役割を担った。丘の上の砦グラディナと、下町トルゴヴィシュテの遺跡が残る。
聖ペトロ・パウロ聖堂は10世紀に6世紀の洗礼堂の基礎の上に建てられ、ラシュカ主教の座となった。1170〜1171年に建てられたジュルジェヴィ・ストゥポヴィ修道院の聖ゲオルギオス聖堂は、ロマネスクとビザンティンを混ぜたラシュカ派の最初の例で、この様式はおよそ150年間この地方の建築を支配した。
ソポチャニ修道院は、ネマニャの孫のウロシュ1世が自らの墓所として1260年ごろに建てた。その壁画は、中世セルビアとビザンティンの美術の中でも最も優れたものの一つとされる。1689年にオスマン軍に焼かれてから200年以上無人となり、20世紀に修復された。1979年に世界遺産に登録された。
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