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ゲガルド修道院とアザト川上流域
写真: Diego Delso / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

ゲガルド修道院とアザト川上流域

Monastery of Geghard and the Upper Azat Valley
WHC 9602000年登録40.16°N 44.80°EWikipedia 52言語

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成り立ち

アルメニアのアザト川の峡谷にあるゲガルド修道院は、伝承では4世紀に啓蒙者グレゴリオスが洞窟の聖なる泉のそばに開いた。初めは「洞窟の修道院」アイリヴァンクと呼ばれた。923年、アラブのカリフの代官ナスルが写本などの財を奪い、建物を焼いた。

今の主聖堂は1215年、ジョージアのタマル女王に仕えたザカレとイヴァネの兄弟のもとで建てられた。13世紀半ばに修道院を買い取ったプロシュ家は、岩を掘り抜いた礼拝堂や一族の墓所を次々につくり、1283年にはプロシュ公自身の墓室ができた。

名のゲガルドは「槍」を意味し、十字架のキリストを刺し、使徒タダイが運んだとされる槍がここに約500年納められていた。13世紀には歴史家ムヒタル・アイリヴァネツィらがここで書いた。2000年、修道院と上流の峡谷が世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。