ヴァッハウ渓谷
Wachau
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成り立ち
ヴァッハウは、ドナウ川がメルクとクレムスの間を流れる長さ36kmの谷である。20世紀初めにはヴィレンドルフ近くの発掘で、旧石器時代に石灰岩を彫って作られた高さ11.1cmの女性像「ヴィレンドルフのヴィーナス」が見つかった。森の切り開きは新石器時代に始まり、紀元前15年にケルト人のノリクム王国がローマ帝国に組み込まれると、ドナウ川は帝国の国境となって、谷の下流端にはファウィアニス(現在のマウテルン)の砦が置かれた。
9世紀からはバイエルンとザルツブルクの修道院が斜面を開き、ワインを造って売るためにブドウの段々畑を築いた。谷の名は853年の記録に「ロクス・ヴァホヴァ」として現れる。1089年、オーストリア辺境伯レオポルト2世がメルクにあった城の1つをランバッハ修道院のベネディクト会士に与え、いまのバロック様式の修道院は1702年から1736年にヤーコプ・プラントタウアーの設計で建てられた。町の骨格は11世紀から12世紀にでき、15世紀から16世紀には木造の家が石造に建て替えられた。
急な段々畑ではいまもグリューナー・フェルトリーナーとリースリングが育てられ、アンズの果樹園も景観をかたちづくる。町並みと修道院、城、畑が一体となった文化的景観として、ヴァッハウは2000年12月に世界遺産に登録された。
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