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バルデヨフ市街保護区
写真: 「Bardejov10Slovakia6」Doko Ing. Mgr. Jozef Kotulič / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

バルデヨフ市街保護区

Bardejov Town Conservation Reserve
WHC 9732000年登録49.29°N 21.28°E

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時間の物差し
前3000年起点 1241年現在

成り立ち

バルデヨフはスロバキア北東部、トプリャ川の河岸段丘にある。カルパティア山脈を越える交易路の上にあり、旧石器時代から人が住んだ跡がある。町の名が初めて文書に現れるのは1241年、ハンガリーからポーランドへ向かう旅の記録で、その頃には集落はすでにしばらく前からあったらしい。プレショフからドイツ人が移り住み、ポーランドへの交易路の要として税関が置かれた。ハンガリー王カーロイ・ローベルトは、町の守護聖人聖エギディウスの祝日9月1日に年市を開く権利を与えた。

14世紀半ばにラヨシュ1世が市民に町の要塞化を命じ、3つの門と稜堡を持つ城壁が完成した。1420年から1474年には塔が加えられ、16世紀初めには稜堡の近代化と水堀の掘削が行われた。1455年に亜麻布の独占権を得て商人は豊かになり、1505年から1509年に建てられた市庁舎は、スロバキアで初めてルネサンス様式の石の装飾を持つ建物となった。

16世紀前半の混乱で町は衰え、1686年の大火や疫病が続いた。18世紀に入ると回復し、スロバキア人とハシド派のユダヤ人が大勢移り住み、北西の郊外にシナゴーグや儀式用の浴場を持つユダヤ人地区が生まれた。1950年に町並み保護区に指定されて修復が進み、2000年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。