写真: 「Plitvice Lakes National Park (2)」Pablo BM from London, England / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり
プリトヴィツェ湖群国立公園
Plitvice Lakes National Park
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時間の物差し
前3000年起点 1777年現在
成り立ち
プリトヴィツェの湖群は、石灰岩の上を流れる水が数千年かけて石灰華(トゥファ)を沈殿させ、それが天然のダムとなってできた。地表から見える湖は16あり、石灰華の堆積は今も続いている。「プリトヴィツェ」という名は、1777年にオトチャツの司祭ドミニク・ヴカソヴィッチの文書に初めて現れ、クロアチア語の「浅い」に由来する。
1888年にはベルギー王女ステファニーの訪問に合わせて初めて観光用の整備が行われ、1893年にはチェコ生まれのグスタフ・ヤネチェクが湖を守る協会を設立した。1949年に国立公園となり、1979年に世界遺産に登録された。
1991年3月、公園内でクロアチア独立戦争で最初の死者を出す武力衝突が起き、ホテルは兵舎として使われた。1992〜1997年は危機遺産に記載された。2000年に登録範囲が広げられ、現在は約2万9582haの公園全体が世界遺産である。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。