フェラポントフ修道院
Ferapontov Monastery
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時間の物差し
前3000年起点 1398年現在
成り立ち
フェラポントフ修道院は1398年、モスクワの修道士フェラポントがロシア北部、ボロダエフスコエ湖とパスコエ湖の間の丘に開いた。キリル・ベロゼルスキーの弟子だった聖マルティニアンの時代に名が広まり、イワン3世の一族の庇護を受けた。15〜16世紀には地方の文化の中心となった。
中心にある生神女誕生大聖堂は1490年、ロストフの職人がれんがで建てた。内部の壁はすべて、15世紀末のロシア最高の画家ディオニシーが息子とともに描いたフレスコ画で覆われている。ディオニシーの壁画が元の姿のまま完全に残るのはここだけである。
16世紀にはイワン雷帝が特権を与え、自ら巡礼に訪れた。のちに総主教ニコンらの流刑地となり、1798年に廃止された。1975年に博物館となり、行きにくい場所にあったことで17世紀からの姿がほぼそのまま残った。2000年に世界遺産に登録された。
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