エフェソス
Ephesus
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時間の物差し
前3000年起点 前7000年現在
成り立ち
エフェソスでは前7千年紀から続く定住の歴史をたどることができる。アルテミスの聖域は前2千年紀までに成立し、前550年ごろ完成した神殿は古代世界の七不思議の一つに数えられた。神殿は前356年に焼け落ちたが、市民はすぐに再建に取りかかった。
前4世紀、アレクサンドロス大王の将軍の一人リュシマコスは、川の土砂で港が埋まり湿地にマラリアが広がったため、住民を約2km離れた現在の場所へ移した。前133年に小アジアがローマに組み込まれると、エフェソスは新しい属州アジアの首都となった。110年代にはローマの執政官ティベリウス・ユリウス・アクィラが父ケルススを記念して図書館の建設を命じ、ケルスス図書館は約12,000巻の巻物を収めたとされる。
431年と449年には初期教会の公会議がこの町で開かれた。港はその後も土砂で埋まり続け、町は15世紀までに完全に放棄された。発掘は1863年に始まり、2015年に世界遺産に登録された。
ここに来た旅人
- 1867-09
9月6日、乗客全員で鉄道に乗り、約45マイル離れた古代エフェソスの遺跡へ行った。旅行記ではロバに乗った一行の行列と七人の眠り人の伝説を書いている。
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