トシェビーチのユダヤ人地区と聖プロコピウスのバシリカ
Jewish Quarter and St Procopius' Basilica in Třebíč
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時間の物差し
前3000年起点 1101年現在
成り立ち
トシェビーチはチェコ、モラヴィア西部の町で、1101年の最初の記録に、ここにベネディクト会修道院が設けられたことが記されている。聖プロコピウスのバシリカはその修道院の一部として13世紀初めに建てられ、西ヨーロッパの建築がこの地域に及んだことを示す。16世紀前半、修道院の建物の一部は城館に改められ、教会はその城館とつながっている。
町のユダヤ人は1338年に初めて記録に現れる。ユダヤ人地区はバシリカの建つ丘の下、イフラヴァ川沿いの、政治的な制約で限られた土地に育ち、元の街路、シナゴーグ、学校、皮革工場の跡を今も残す。家の多くは1階が店や工房、上が住まいという集合住宅の形で、元の121棟のうち取り壊されたのは5棟である。
丘の裏手のユダヤ人墓地は15世紀と19世紀の区画からなり、約4000の墓石が残る。ユネスコは、ユダヤ人地区とバシリカが中世から第2次世界大戦まで続いたユダヤ教徒とキリスト教徒の共存を示すとして、2003年に世界遺産に登録した。
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