セナド広場
Senado Square
Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。
アプリで記録する
朱印・行きたい・立った年は、iPhoneアプリで記録します。
時間の物差し
前3000年起点 1557年現在
成り立ち
マカオ歴史地区は、マカオ半島に残る22の主要な建物と広場の集まりである。15世紀に建てられたとされる媽閣廟は航海の女神をまつり、マカオという名は「媽閣の湾」を意味する「阿媽港」に由来するという。1557年にポルトガル人がここに来て、以後、中国と西洋が最も早く、最も長く出会う港町になった。
1602〜1603年、イエズス会のヴァリニャーノのもとで聖パウロ教会が建てられ、設計はイタリア人イエズス会士カルロ・スピノラとされる。花崗岩のファサードは1637〜1640年に完成した。1835年の大火で教会と学院は焼け落ち、ファサードだけが残った。1784年には中国人から買った土地に民政総署(レアル・セナード)の建物が建ち、その前がセナド広場である。
1865年に完成したギア灯台は、中国沿岸で最も古い灯台とされる。マカオは中国で最初の西洋式の劇場、大学、病院、教会、要塞をもった町で、1999年に中国に返還された。2005年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。