スタリー・グラード平原
Stari Grad Plain
Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。
アプリで記録する
朱印・行きたい・立った年は、iPhoneアプリで記録します。
時間の物差し
前3000年起点 前384年現在
成り立ち
クロアチアのアドリア海のフヴァル島に、パロス島から来たイオニア系ギリシャ人が前384年に植民した。彼らは平原を乾いた石垣で囲んだ幾何学的な区画、コーラに分け、それぞれ約16haの区画を75つくった。
雨水をためる水槽と溝も整え、石を積んだ小屋トリムに道具をしまった。ぶどうとオリーブの畑は2400年にわたって途切れず耕され、もとの区画はほぼそのまま残る。
ギリシャの土地区画の仕組みが地中海に広がったことを伝える景観として、2008年に世界遺産に登録された。一方、農村の人口減と昔ながらの農業の放棄が景観をおびやかしている。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。