サンマリノの歴史地区とティターノ山
San Marino Historic Centre and Mount Titano
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時間の物差し
前3000年起点 301年現在
成り立ち
伝承では301年、ローマ帝国のキリスト教迫害を逃れた石工マリヌスがティターノ山に入り、信徒の共同体をつくったのが国の始まりとされる。共和国は13世紀には都市国家として成立し、以後独立を保ってきた。
山の尾根には3つの塔が建つ。最も古いグアイタは11世紀、チェスタは13世紀、モンターレは14世紀の建設である。1503年にはチェーザレ・ボルジアに6か月占領され、1739〜40年にも枢機卿アルベローニに占領されたが、いずれも独立を回復した。
1600年の法令はいまも国制の柱となっている。19世紀末から20世紀初めにかけてジーノ・ザーニの指揮で城壁や塔の修復が進み、2008年に約55haが世界遺産となった。
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