写真: 「Biblioteca and Torre des Humanidades I from Las Islas, Ciudad Universitaria, Mexico City」Daniel Case / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり
大学都市
Ciudad Universitaria
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時間の物差し
前3000年起点 1943年現在
成り立ち
メキシコ国立大学は1910年に再開され、メキシコ革命後の1929年に自治権を得て、現在のメキシコ国立自治大学(UNAM)となった。校舎はメキシコシティの歴史地区に散らばっており、大学都市の構想は1920年代からあった。1943年、市の南、コヨアカン近くのペドレガル・デ・サン・アンヘルに移ることが決まった。ペドレガル(石の多い土地)の名のとおり、一帯は西暦100年頃のシトレ火山の噴火でできた溶岩台地である。
基本計画は設計競技で選ばれた建築家マリオ・パニとエンリケ・デル・モラルによる。近代建築の原則に、地元の素材や先スペイン期の都市・建築への参照を組み合わせ、壁画などの美術を建物に一体化させた。60人を超える建築家、技術者、芸術家が加わり、工事は1949年に始まって1952年に開所し、1954年から授業が行われた。
本館の塔にはダビッド・アルファロ・シケイロス、中央図書館の四面にはフアン・オゴルマンの壁画がある。1952年に建てられたオリンピック・スタジアムは、1968年のメキシコシティ五輪の主会場となった。大学都市の中心部は2007年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。