トゥウェイフルフォンテーン
Twyfelfontein
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時間の物差し
前3000年起点 前4000年現在
成り立ち
トゥウェイフルフォンテーンはナミビア北西部クネネ州にある岩絵の遺跡で、ダマラ語・ナマ語の名は「跳ねる水場」を意味する。約6000年前から人が住み、まず狩猟採集民が、のちにコイコイの牧畜民がこの谷を使った。アフリカでも最大級の岩刻画の集まりで、サイやゾウ、ダチョウ、キリン、人や動物の足跡が刻まれている。
1921年に測量技師ラインハルト・マークがこの地の岩刻画を報告した。1947年に農業ができるか調べに来たデヴィッド・レヴィンが土地を買い、1948年に農場を「トゥウェイフルフォンテーン(当てにならない泉)」と名づけた。1950年からエルンスト・ルドルフ・シェルツが調査し、212枚の砂岩に2500点を超える刻画を記録した。
人の足指をもつライオン「ライオンマン」など、人が動物に変わる姿を描いたとみられる絵もある。1952年8月15日に国の記念物となり、2007年にナミビアで最初の世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。