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胡朝の城塞
写真: 「Ho dynasty's citadel, Vietnam」Loi Nguyen Duc / CC BY 2.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

胡朝の城塞

Citadel of the Hồ Dynasty
WHC 13582011年登録20.08°N 105.60°EWikipedia 52言語

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時間の物差し
前3000年起点 1397年現在

成り立ち

ベトナム北中部タインホア省の胡朝の城塞は1397年に築かれた。トゥオンソン山とドンソン山を結ぶ軸の上、マー川とブオイ川の間の平野に、風水の考えにしたがって置かれた。石灰岩の大きな切り石で積んだ内城、外側の土塁ラタイン、南郊壇からなる。

城塞は1398年から1407年まで胡朝の都だった。内城は南北870.5m、東西883.5mのほぼ正方形で、東西南北に4つの門がある。南門は高さ9.5m、幅15.17mである。門のほかは多くが崩れている。

胡朝が滅びた後も、ここは16世紀から18世紀にかけて北中部の政治、経済、文化の中心だった。2011年、14世紀末のベトナムで新儒教が栄えたことを示す遺跡として世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。