ラバト
Rabat
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時間の物差し
前3000年起点 1150年現在
成り立ち
1150年ごろ、ムワッヒド朝のアブド・アルムーミンがブーレグレグ川の河口に城塞を築いた。現在のウダイヤのカスバにあたり、町は「勝利の砦」を意味するリバト・アル・ファトフと名づけられた。
12世紀末、ヤアクーブ・マンスールは巨大なモスクに着工したが、1199年の死で工事は止まり、高さ44メートルのハサンの塔が残った。1912年以降はフランス保護領の首都として新市街が造られた。
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