無限柱
Sculptural Ensemble of Constantin Brâncuși at Târgu Jiu
Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。
アプリで記録する
朱印・行きたい・立った年は、iPhoneアプリで記録します。
時間の物差し
前3000年起点 1935年現在
成り立ち
トゥルグ・ジウはルーマニア南西部、ゴルジ県の町である。第一次世界大戦中の1916年、中央同盟国の軍からこの町を守ろうとして多くの兵が命を落とした。ゴルジ女性国民連盟はその記念碑を、近くのホビツァ村に生まれ、少年時代にこの町で働いた彫刻家コンスタンティン・ブランクーシに頼んだ。ブランクーシは1935年に依頼を引き受け、報酬は受け取らなかった。
1937〜1938年、ブランクーシは英雄通りでつながる二つの公園に作品を配した。東西約1.3kmの軸の上に「沈黙のテーブル」「接吻の門」「無限柱」が並び、軸の途中にはもとからあった聖使徒ペトロ・パウロ教会が立つ。無限柱は菱形の単位15個と上下の半分の単位を積んだ高さ29.3mの柱で、ペトロシャニの中央工房で作られ、友人の技師ステファン・ゲオルゲスク=ゴルジャンが組み上げた。作品群は1938年10月27日に除幕された。
1950年代、共産党政権は無限柱を解体してくず鉄にする計画を立てたが、実行されなかった。傾きや亀裂、腐食が進んだ柱は1996年に世界記念物基金の危機リストに載り、1998〜2000年にルーマニア政府や世界記念物基金、世界銀行などの協力で修復された。作品群は2024年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。