コロンス島
Gulangyu
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時間の物差し
前3000年起点 1843年現在
成り立ち
コロンス島(鼓浪嶼)は九竜江の河口にある小さな島で、幅600mの海峡をはさんで廈門の市街と向かい合う。アヘン戦争の後、南京条約によって1843年に廈門が開港すると、島には外国人が住み始め、のちに自治の組織をつくった。
1902年1月、イギリス、アメリカ、ドイツ、フランス、スペイン、日本などの領事が島の境界を定める章程に署名し、1903年1月に工部局が置かれて共同租界となった。領事館、教会、病院、学校が次々に建ち、中国、東南アジア、ヨーロッパの建築が混じり合った。島に残る931棟の歴史的建造物の中から、アモイ・デコと呼ばれる様式が生まれた。
1938年に日本軍が廈門を占領すると、多くの中国人難民が島へ逃れた。島は今も廈門と道路で結ばれたことがなく、フェリーでしか渡れない。2017年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。