StoodmarkEN
ハンピ
写真: © Vyacheslav Argenberg / CC BY 4.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

ハンピ

Hampi
定番WHC 2411986年登録15.33°N 76.46°EWikipedia 70言語

Wikipediaで記事がある言語の数を、世界での知られ方の目安にしています。行った人・行きたい人の数は、利用者が増えてから表示します。

時間の物差し
前3000年起点 1336年現在

成り立ち

ハンピはヴィジャヤナガル王国の都の跡である。王国は1336年、もとホイサラ軍の指揮官だったハリハラ1世とブッカ1世によって興された。都の建設は約200年続き、クリシュナデーヴァラーヤはヴィルーパークシャ寺院の増築やヴィッタラ寺院の造営に関わった。

1520年に訪れたポルトガル人ドミンゴ・パエスは、町を「ローマほど大きく、見た目に美しい」と書いた。1565年、ターリコータの戦いでデカンのイスラーム諸王国の連合に敗れると、都は6か月にわたって略奪され、放棄された。

1800年、スコットランド生まれのコリン・マッケンジー大佐が遺跡を測量した。1600を超える遺構が残り、ヴィルーパークシャ寺院では今も礼拝が続く。1986年に世界遺産に登録され、1999〜2006年は危機遺産に記載された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。