StoodmarkEN
アーグラ城塞
写真: A.Savin / FAL / Wikimedia Commons · トリミングあり

アーグラ城塞

Agra Fort
定番WHC 2511983年登録27.18°N 78.02°EWikipedia 78言語

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時間の物差し
前3000年起点 1565年現在

成り立ち

アーグラ城塞はインド北部ウッタル・プラデーシュ州、タージ・マハルの近くにある。この場所にはもともとバーダルガルというれんがの砦があり、ローディー朝のスィカンダル・ローディーが都をデリーからアーグラへ移した。その子イブラーヒーム・ローディーは1526年に第1次パーニーパットの戦いで戦死するまで砦を保った。

ムガル帝国第3代皇帝アクバルは1565年に建て直しを始め、毎日約4,000人を働かせて1573年に完成させた。ラージャスターンのドールプル産の赤砂岩を外装に使い、城壁は全長2.5kmに及ぶ。第5代皇帝シャー・ジャハーンは内部を白大理石で建て替え、私的な宮殿カース・マハルや1632〜1640年ごろのムサンマン・ブルジュを造った。

1658年、息子アウラングゼーブに帝位を奪われたシャー・ジャハーンはこの城で幽閉され、1666年までの8年間をここで過ごした。都がデリーに移ると城は衰え、1785年にマラーター、1803年にイギリス東インド会社の手に渡った。1983年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。