コルドバ歴史地区
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成り立ち
コルドバは前2世紀にローマ人が建てた町で、属州バエティカの州都だった。ダマスクスのウマイヤ朝がアッバース革命で倒れたあと、生き延びた王族アブド・アッラフマーン1世は756年にイベリア半島で後ウマイヤ朝を開き、785年に大モスクの建設を始めた。ローマや西ゴートの建物の円柱と柱頭を再利用したため、工事は1年ほどで終わった。礼拝室には上下2段のアーチが並び、この形はその後の増築でも繰り返された。
929年、アブド・アッラフマーン3世はコルドバを本拠とするカリフ国を開き、カリフ国は1031年まで続いた。958年に最初のミナレット、971年にハカム2世の新しいミフラーブが完成した。987〜988年には宰相マンスールが東側に8つの身廊を加え、モスクはアッバース朝のイラクを除くイスラム世界で最大となった。
1236年にカスティーリャ王フェルナンド3世が町を征服すると、モスクは聖母マリアにささげる大聖堂に改められ、同年6月29日に最初のミサが行われた。1523年、市議会の反対を受けながらも、カルロス1世の許可を得てモスクの中央にルネサンス様式の身廊と翼廊の建設が始まった。1984年に大モスクが世界遺産になり、1994年には旧市街、キリスト教徒の王のアルカサル、ローマ橋、カラオーラの塔まで範囲が広げられた。
ここに来た旅人
- 1867-10
10月22日に鉄道でセビリアから着き、古風なスペインの宿に1泊した。のちの原稿で、外国人を見慣れない町の人々が一行の後をついて回ったと書いた。
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