モレリア歴史地区
Historic Centre of Morelia
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時間の物差し
前3000年起点 1541年現在
成り立ち
モレリアはメキシコ中西部、グアヤンガレオ谷の丘の斜面にある。谷には7世紀から人が住み、12世紀にはプレペチャ人が来た。スペイン人は1525年から1526年にかけて谷に入り、1541年、副王アントニオ・デ・メンドーサとエンコメンデロたちが「ミチョアカンの新しい町」を創った。1545年、カルロス1世(カール5世)はこの町に市の資格を与え、名はバリャドリッドとなった。
対抗する町パツクアロを治めたバスコ・デ・キロガは、政治と教会の力を自分の町にとどめた。しかし1565年にキロガが死ぬと、1580年までに行政と司教座がバリャドリッドへ移った。大聖堂は1660年に着工して1744年に完成し、水道橋の建設は1657年に始まった。この地方特有のピンク色の石でできた200を超える歴史的建物が、斜面に合わせた創建時の街路に沿って並ぶ。
町の学校はミゲル・イダルゴやホセ・マリア・モレロスを育てた。1809年にはスペイン支配に対する陰謀が発覚し、1814年にはマリアノ・マタモロスが中央広場で銃殺された。1828年、ミチョアカン州はモレロスにちなんで町の名をモレリアと改めた。1991年に世界遺産に登録された。
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