廬山国立公園
Lushan Quaternary Glaciation National Geopark
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時間の物差し
前3000年起点 386年現在
成り立ち
廬山は江西省、長江と鄱陽湖のあいだにそびえる山である。人の活動は少なくとも新石器時代、紀元前4000年ごろにさかのぼる。386年、僧の慧遠が山のふもとに東林寺を開き、ここから浄土教の流れが生まれた。やがて道教の寺も建ち、廬山は仏教、道教、儒教が集まる精神の中心となった。
940年に開かれた白鹿洞書院は、12世紀末に朱熹(朱子)が再興して名高い学問の場となった。崖や石碑には900を超える銘文が刻まれ、石碑は1050年ごろから、日本軍と戦う兵を励ます言葉が刻まれた1938年にまで及ぶ。宋の詩人蘇軾は、山の中にいるから廬山の本当の姿がわからない、と詠んだ。
1895年、宣教師エドワード・リトルらが山上に避暑地「牯嶺(クーリン)」を開き、内外の人々の別荘が建ち並んだ。いまも600棟以上が残る。1930〜40年代には中華民国の夏の首都となり、1949年以降は毛沢東のもとで中国共産党中央委員会の会議が少なくとも3度開かれた。廬山国立公園は1996年に世界遺産に登録された。
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