バルセロナのカタルーニャ音楽堂とサン・パウ病院
Palau de la Música Catalana and Hospital de Sant Pau, Barcelona
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時間の物差し
前3000年起点 1401年現在
成り立ち
1401年、バルセロナの中世の小さな病院6つが合わさってサンタ・クレウ病院ができた。20世紀初め、銀行家パウ・ジルの資金で新しい病院が計画され、名に「サン・パウ」が加わった。設計はカタルーニャのモデルニスモの建築家リュイス・ドメネク・イ・モンタネールで、建物群は1930年に完成した。
同じドメネクは、1891年にリュイス・ミリェトとアマデウ・ビベスが創設した合唱団オルフェオ・カタラのために、1905年から1908年にかけてカタルーニャ音楽堂を建てた。昼間は自然の光だけで照らされるホールは、1908年2月9日に開かれた。1940年にはここでホアキン・ロドリーゴの『アランフエス協奏曲』が初演された。
音楽堂は1982年から1989年にオスカル・トゥスケツらによって修復、拡張され、2004年には地下に538席の小ホールが開いた。病院は2009年6月に隣の新病院へ移り、建物は修復を経て2014年に博物館と文化施設として再開した。2つの建物は1997年に世界遺産に登録された。
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