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麗江古城
写真: 「Lijiang Yunnan Heritage-shops-in-old-town-01」Photo by CEphoto, Uwe Aranas or alternatively © CEphoto, Uwe Aranas / CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

麗江古城

Old Town of Lijiang
WHC 81126.87°N 100.23°EWikipedia 27言語

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成り立ち

麗江古城は中国雲南省北西部、ナシ族の政治・経済・文化の中心として築かれた町で、もとの名を大研鎮という。13世紀、南宋の末期に、のちに土司となる木氏の祖先が本拠を白沙から獅子山のふもとへ移し、城壁と堀に囲まれた町を造り始めた。1250年代に阿琮阿良が元のフビライに服属すると、町は行政の中心となった。

1382年に明の支配下で麗江軍民府が置かれ、当時の知府阿甲阿得は「木」の姓を与えられて世襲の知府となった。1723年に清朝は方針を変え、翌年には初の中央派遣の知府楊馝が着任した。町には黒龍潭の湧き水を東・中・西の3本の川に分けて全戸に行き渡らせる水路網があり、354の橋が架かる。

町は何度も地震に見舞われ、1996年2月3日の地震でも大きな被害を受けた。翌1997年、北の白沙と束河とあわせて世界遺産に登録された。登録後に観光客が急増し、多くのナシ族の住民が家を貸して新市街へ移った。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。