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中世都市トルン
写真: 1bumer / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

中世都市トルン

Medieval Town of Toruń
WHC 8351997年登録53.01°N 18.60°EWikipedia 19言語

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時間の物差し
前3000年起点 1231年現在

成り立ち

トルンはポーランド北部、ヴィスワ川沿いの町である。1231年春、ドイツ騎士団はマゾフシェの騎士とともにヴィスワ川を渡り、いまのスタリ・トルン村の近くに砦を築いた。1233年12月28日、騎士団のヘルマン・フォン・ザルツァとヘルマン・バルクがトルンとヘウムノに都市特許状を与えた。1236年、洪水が多いため町は現在の旧市街の場所へ移った。

騎士団は13世紀半ばから城を築き、プロイセン征服と布教の拠点とした。1264年には職人の住む新市街が隣に生まれ、町はハンザ同盟にも加わった。14〜15世紀には、聖ヨハネ大聖堂や市庁舎などれんが造りのゴシック建築が建ち並んだ。

1454年2月、市民は騎士団に反旗を翻し、城を奪って取り壊した。十三年戦争は1466年の第二次トルンの和約で終わり、騎士団は町への権利を放棄してポーランドの一部と認めた。1473年にはこの町でニコラウス・コペルニクスが生まれた。旧市街と新市街、城跡は1997年に世界遺産に登録された。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。