オロモウツの聖三位一体柱
Holy Trinity Column in Olomouc
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時間の物差し
前3000年起点 1716年現在
成り立ち
1713年から1715年、モラヴィアをペストが襲った。オロモウツの聖三位一体柱は、その終わりへの感謝も込めて建てられた記念柱である。石工で皇室御用の建築家だったヴァーツラフ・レンデルが提案して設計し、自ら資金も出して1716年に工事を始めた。
工事は38年に及び、レンデルをはじめ何人もの建築家が完成を見ずに世を去った。最後はヤン・イグナーツ・ロキツキーが仕上げた。彫刻はオンドジェイ・ザフネルが7年間で18体の像と9枚の浮き彫りを作り、金細工師シモン・フォルストネルが金めっきの銅の三位一体像と聖母被昇天像を作った。柱の内部には礼拝堂がある。
1754年の完成後の献堂式には、女帝マリア・テレジアと皇帝フランツ1世が出席した。約4年後のプロイセン軍の包囲では砲弾が何度も柱に当たった。1999年から2001年に全面的に修復され、2000年に世界遺産に登録された。
データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。