写真: Olaf Tausch / Public domain / Wikimedia Commons · トリミングあり
ヌビア遺跡
Nubian Monuments from Abu Simbel to Philae
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時間の物差し
前3000年起点 前1264年現在
成り立ち
紀元前1264年頃、エジプト王ラムセス2世はナイル川西岸の岩山を掘り抜いてアブ・シンベル大神殿の造営を始めた。正面には王の巨大な座像4体が並び、完成まで約20年かかったとされる。
アスワン・ハイ・ダムの建設で水没の危機が迫り、ユネスコは1960年に国際救済キャンペーンを始めた。神殿は1036個のブロックに切断され、1963〜68年に65m高い場所へ移された。フィラエの神殿群も1977〜80年に移設された。
ここに来た旅人
- 1828-12
1828-12 · フィラエ島12月5日の夕方、左足の痛みを抱えて島に入った。ここでようやくヨーロッパからの手紙を受け取った。
1828-12 · ワディ・エス=セブア12月20日、スフィンクスの参道をもつラメセス2世時代の神殿に1時間だけ立ち寄り、友人ヴィカのために石組みのモルタルを一片持ち帰った。
1829-01 · アマダ1月18日から20日まで神殿を調べ、奉献碑文から創建者をトトメス3世と読んだ。浮彫はデルの神殿よりも、アブ・シンベルの宗教場面よりもすぐれている、と書いた。
1829-01 · カラブシャ上りでは上陸せずに通り過ぎ、1月27日にカラブシャ神殿を調べた。28日から31日の昼までは近くのベイト・エル=ワーリーで、若き日のラメセス2世の遠征を描いた浮彫をすべて写した。
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