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歴史の旅人のパスポート

ジャン=フランソワ・シャンポリオン

フランス・トスカーナ合同エジプト遠征 · 1828–1829

3か国
28地点
0.1地球◯周分

地点を順に直線で結んだ距離

🇫🇷 🇮🇹 🇪🇬

ヒエログリフを解読したシャンポリオンは、弟子のイッポリト・ロゼッリーニとともに、フランス王シャルル10世とトスカーナ大公レオポルド2世の支援を受けた調査隊を率いた。一行は1828年8月18日にコルベット艦エグレ号でアレクサンドリアに着き、ナイル川を第2急流のワディ・ハルファまでさかのぼってから引き返し、1829年の多くをテーベで過ごした。1829年12月にフランスへ戻った。旅の間に書いた手紙は『エジプトとヌビアからの手紙』として刊行された。

  1. 1828-07
    🇫🇷 エクス=アン=プロヴァンス

    収集家サリエのもとで2日を過ごし、パピルスの束の中から、ラメセス2世の功業をたたえ、その治世9年の日付をもつヒエラティックの巻物を見つけた。

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  2. 1828-07
    🇫🇷 トゥーロン

    7月24日の夕方に着いた。トスカーナ隊は29日に着いたが、サルデーニャ王がピエモンテ国境に設けた防疫線のため、15日がかりの旅になっていた。

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  3. 1828-08
    🇮🇹 アグリジェント沖

    8月6日、エグレ号はアグリジェントの泊地に錨を下ろしたが、マルセイユでペストが出たとのうわさのため上陸を許されず、7日に神殿を見ないまま出航した。

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  4. 1828-08
    🇪🇬 アレクサンドリア

    8月18日に上陸し、フランス領事館でかつてクレベールが使った部屋に泊まった。「クレオパトラの針」の碑文を写し、24日にはムハンマド・アリーに謁見して旅の勅許を得た。

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  5. 1828-09
    🇪🇬 サイス(サー・エル=ハガル)

    9月16日、川から歩いて遺跡に入り、日干しれんがの大周壁を見た。高さはおよそ80ピエ、厚さは測って54ピエあった。

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  6. 1828-09
    🇪🇬 カイロ ›

    9月19日にブーラークの港に着き、翌日の夕方、預言者生誕祭でにぎわうエズベキーヤ広場を抜けて宿に入った。22日には城塞に登り、「ヨセフの井戸」を見た。

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    ISLAMIC CAIROEGYPT · WHC 89182830.05°N 31.26°E
  7. 1828-10
    🇪🇬 トゥーラの石切り場

    10月2日、メンフィスの対岸の石灰岩の石切り場を一つずつ回り、アハモセ王の治世22年の石碑2基を見つけた。碑文は、ここの石がメンフィスのプタハ、アピス、アメンの神殿に使われたと記していた。

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  8. 1828-10

    カヴィリアが掘り出した、うつ伏せに倒れた長さ約34ピエ半の巨像を調べ、顔立ちと碑文からラメセス2世の像だと確かめた。

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    MEMPHIS AND ITS NEC…EGYPT · WHC 86182829.98°N 31.13°E
  9. 1828-10

    10月4日からテントで野営した。装飾のある墓の多くは荒らされていたが、ある墓で、ヒエログリフの名を添えて刻まれた鳥の列と5種のガゼルを記録した。

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    MEMPHIS AND ITS NEC…EGYPT · WHC 86182829.98°N 31.13°E
  10. 1828-10
    🇪🇬 ギーザ ›

    10月7日、ラクダ7頭とロバ20頭で砂漠を越えて移り、ピラミッドのそばに3日間野営して近くの墓の浮彫を写した。ピラミッドは近づくほど低く見える、と書いた。

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    MEMPHIS AND ITS NEC…EGYPT · WHC 86182829.98°N 31.13°E
  11. 1828-10
    🇪🇬 ミニヤ

    無風の日が続いたのち10月20日に着き、ヨーロッパ製の機械を備えた綿紡績工場を見学した。

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  12. 1828-10
    🇪🇬 ベニ・ハサン

    10月23日の真夜中ごろに着いた。岩窟墓は1日で済ませるつもりだったが、細部まではっきり残る壁画に驚き、15日をかけた。

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  13. 1828-11
    🇪🇬 アフミーム

    11月12日、神殿の年代をプトレマイオス4世の時代と示す浮彫の石を見つけた。その夜は司令官モハンメド・アガの宴に招かれ、若い隊員が合唱した「マールボロの歌」を、アガは楽士たちに覚えるよう命じた。

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  14. 1828-11
    🇪🇬 デンデラ

    11月16日の夜に着くと、月明かりの中を神殿まで歩き、ランタンを手に2時間見て回って午前3時に船へ戻った。翌17日は朝7時から終日神殿で過ごした。

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  15. 1828-11

    11月20日の朝テーベに着いた。初日にクルナの神殿、メムノンの巨像、「オシマンディアスの墓」と呼ばれた神殿を見て、その壁に古代の名「ラメセウム」が書かれていることを確かめた。

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    ANCIENT THEBES WITH…EGYPT · WHC 87182825.72°N 32.61°E
  16. 1828-11

    11月23日に東岸へ渡り、ルクソール神殿の前に立つ高さ80ピエ近い2本のオベリスクを見たのち、カルナックへ行った。そこには「ファラオの壮麗さのすべて」が現れた、と書いた。

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    ANCIENT THEBES WITH…EGYPT · WHC 87182825.72°N 32.61°E
  17. 1828-11
    🇪🇬 アルマント(ヘルモンティス)

    11月27日、まだ誰も王名を写していなかった神殿で終日過ごし、碑文と浮彫から、最後のクレオパトラがカエサリオンの誕生を記念して建てたものと結論した。

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  18. 1828-11
    🇪🇬 エスナ

    対岸のコントラ・ラトポリスの神殿は、エスナの岸壁を補強するため12日ほど前に取り壊されていた。29日の朝、綿花の倉庫に使われていたエスナの大神殿を見た。

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  19. 1828-11
    🇪🇬 エドフ

    11月30日の午後、完全な姿で残る大神殿を見た。神殿はアロエリスに捧げられ、最も古い装飾はプトレマイオス5世の時代のものだと記した。

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  20. 1828-12
    🇪🇬 ゲベル・エル=シルシラ

    12月1日に上陸し、砂岩の石切り場で、アメンホテプ3世やラメセス2世らが岩に掘らせた小礼拝堂と第18王朝の碑文を見た。

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  21. 1828-12
    🇪🇬 コム・オンボ

    12月1日の夜に着き、翌朝大神殿へ走った。神殿が2柱の神に捧げられていること、最も古い部分がプトレマイオス5世の時代であることを記した。

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  22. 1828-12
    🇪🇬 アスワン(シエネ)

    12月4日の朝、エジプト最後の町に着いた。2隻の船は大きすぎて急流を越えられないため、ここで降り、荷物はラクダでフィラエ島へ運んだ。

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  23. 1828-12

    12月5日の夕方、左足の痛みを抱えて島に入った。ここでようやくヨーロッパからの手紙を受け取った。

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    NUBIAN MONUMENTS FR…EGYPT · WHC 88182822.34°N 31.63°E
  24. 1828-12

    12月20日、スフィンクスの参道をもつラメセス2世時代の神殿に1時間だけ立ち寄り、友人ヴィカのために石組みのモルタルを一片持ち帰った。

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    NUBIAN MONUMENTS FR…EGYPT · WHC 88182822.34°N 31.63°E
  25. 1829-01
    🇪🇬 アマダ ›

    1月18日から20日まで神殿を調べ、奉献碑文から創建者をトトメス3世と読んだ。浮彫はデルの神殿よりも、アブ・シンベルの宗教場面よりもすぐれている、と書いた。

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    NUBIAN MONUMENTS FR…EGYPT · WHC 88182922.34°N 31.63°E
  26. 1829-01

    上りでは上陸せずに通り過ぎ、1月27日にカラブシャ神殿を調べた。28日から31日の昼までは近くのベイト・エル=ワーリーで、若き日のラメセス2世の遠征を描いた浮彫をすべて写した。

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    NUBIAN MONUMENTS FR…EGYPT · WHC 88182922.34°N 31.63°E
  27. 1829-02
    🇪🇬 エル=カブ

    2月28日の土曜日に着くと雨に迎えられ、3月1日から2日にかけての夜は雷を伴う大雨になった。神殿の区域には立っている柱が1本もなかった。

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  28. 1829-03

    3月23日から、一行はラメセス4世の墓に住み、彩色浮彫に覆われた最初の3室を住まいにした。のちにセティ1世の墓から彩色浮彫を1枚切り取り、ルーヴルのために持ち帰った。

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    ANCIENT THEBES WITH…EGYPT · WHC 87182925.72°N 32.61°E