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メンフィスとその墓地遺跡 - ギーザからダハシュールまでのピラミッド地帯
写真: HoremWeb / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons · トリミングあり

メンフィスとその墓地遺跡 - ギーザからダハシュールまでのピラミッド地帯

Memphis and its Necropolis – the Pyramid Fields from Giza to Dahshur
定番WHC 861979年登録29.98°N 31.13°EWikipedia 86言語

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時間の物差し
前3000年起点 前3000年現在

成り立ち

メンフィスはナイル川がデルタに分かれる手前の西岸にあり、紀元前3000年ごろ統一エジプトの首都として築かれたと伝えられる。伝説では、メネス王が堤防で川の流れを変えて都を置いた。古王国時代を通じて王の都であり、創造神プタハの神殿が建っていた。

都の西の砂漠には、ギザからダハシュールまで38基を超えるピラミッドと9000を超える岩窟墓が並ぶ。第3王朝のジェセル王がサッカラに築いた階段ピラミッドは、最初のピラミッドで最初の大規模な石造建築とされる。紀元前2580〜2560年ごろには、クフ王がギザに大ピラミッドを建てた。

メンフィスはプトレマイオス朝まで何度も都を務めたが、7世紀にアラブ人がフスタートを築くと、その石材を切り出す石切り場となって姿を消した。1979年に世界遺産に登録された。

ここに来た旅人

  1. 1828-10

    1828-10 · メンフィス(ミト・ラヒーナ)カヴィリアが掘り出した、うつ伏せに倒れた長さ約34ピエ半の巨像を調べ、顔立ちと碑文からラメセス2世の像だと確かめた。

    1828-10 · サッカラ10月4日からテントで野営した。装飾のある墓の多くは荒らされていたが、ある墓で、ヒエログリフの名を添えて刻まれた鳥の列と5種のガゼルを記録した。

    1828-10 · ギーザ10月7日、ラクダ7頭とロバ20頭で砂漠を越えて移り、ピラミッドのそばに3日間野営して近くの墓の浮彫を写した。ピラミッドは近づくほど低く見える、と書いた。

  2. 1867-10

    10月4日に鉄道でカイロへ行き、5日にロバでナイルを渡ってギザへ向かった。クフ王のピラミッドに登り、内部にも入り、スフィンクスを見た。

データ:Wikidata(CC0)。写真:Wikimedia Commons(各写真のライセンスに従う)。試作版のため、誤りを含む可能性があります。改善のため、利用状況を匿名で計測しています(PostHog・EU)。